「番頭はんの帳場」−名古屋弁が嫌いな番頭はん 

最近、このブログではばをきかせている「コーチ」の名古屋弁を、内心快く思っていない番頭はん。

「みゃあ、みゃあ、みゃあと、猫みたいに何ほざいて抜かしてんねん。

わてのおはこのヴァイオリニスト語呂合わせまで盗みよってからに。オリジナリテイっちゅもんが、ないんかいな。

本家のわてが、このへんで、一発かましたろかいな。

浪速名物、闘拳・亀田の一発級の、どたまかち割るようなギャグやで。

よう聞きさらせや。

えーかー。行くでー。」

エリザベート・ガラ・コンサートにおいて、満を持して、とりで登場した、第1位のセルゲイ・ハチャトリアンの素晴らしい演奏を聞いて、番頭はんが一言。

「(見)せる芸・ハッチャンとりやん!」

どやー。



(コーチ「はあ? まっぺん言ってちょーだゃあ。よーわからんがね。あ、さぶ。さむぽろ出てきたでかんわ。」)

「番頭はんの帳場」−おけいこヴァイオリン界のノゾミ学園 

番頭はん門下の最優秀層に関する話に移ろう。

「幕内丁稚どん」グループの前頭以上は、関西おけいこヴァイオリン界のまさに超エリート集団である。この英才集団のことを、人は、難関中学受験スーパーエリート塾「ノゾミ学園ナダ中受験クラス」を模して、「(凡人)除き学園なんちゅう上手じゃけんクラス」と呼んでいる。

番頭はんが一切助手に任せず、常に直接指導。しかも最もレッスン時間を多く割りあてられるこの「なんちゅう上手じゃけんクラス」に課せられた使命は、毎コン大阪大会本選で順位を勝ち取ること。その中の最優秀者、つまり横綱は当然、全国大会1位を宿命づけられる。

「なんちゅう上手じゃけんクラス」への入室は、毎コン大阪大会本選進出以上、関西弦楽コンクール審査員奨励賞以上、日本クラシック音楽コンクール全国大会進出以上、大阪国際音楽コンクールファイナル進出以上、和歌山音楽コンクール入賞以上等のいずれかをすでに達成していることが条件で、その上に入室のための厳しい実技試験を突破しなければならない。

さらに番頭はんは、門下へのエリート供給装置をこの幕内−十両制とは別に、きちんと用意している。小学低学年からのジュニア弦楽オーケストラがそれである。

このジュニアオケは年間数回の公演をこなすが、1軍(通称J1)から3軍(通称J3)まである。そしてJ1第1ヴァイオリンは「なんちゅう上手じゃけんクラス」入室予備軍であり、J1のコンマスあるいはコンミスは将来の横綱候補と目されることになる。

オケの序列は子供ながらも厳しいものがあり、ノゾミ学園やニチノウ研のように、実力によって座る席が細かく決められている。そして折々のおさらい会や試奏会での個人演奏の成績次第で、座る席が頻繁に変動することになっている。また、年2回、J1〜J3の「入れ替え選」が行われる。

このような「なんちゅう上手じゃけんクラス」−「J1・第1ヴァイオリン」−「J1・第2ヴァイオリン」−「J2・第1ヴァイオリン」・・・といった圧倒的な階層ピラミッド構造こそが、番頭はん門下繁栄の最大の原動力と言っても過言ではない。

「番頭はんの帳場」−内幕でっち上げ 

番頭はんの門下は、まず大きく分けて、「ほんとうの」門下生である「幕内丁稚どん」グループとその下位に属する「十両丁稚どん」グループとで構成されている。

その他にいわゆる「隠れ門下」の一団も存在し、それは「内幕丁稚どん」グループと呼称されている。もっともその呼称は、「幕内丁稚どん」グループと間違えてしまう紛らわしさがあるので、「ほんとうの」門下生の間では、彼らを「内幕でっち上げ」グループなどと蔑称するのが常である。

とてもその師匠の弟子を名乗る腕前ではないのに、実力をでっち上げて、無理やり門下に入り込もうとしている連中は、この門下でも当然のことながら差別の対象となっている。

しかしながら、関西有名門下の恥部をさらす内幕と罵られながら(といっても、「ほんとうの」門下生たちは陰で彼らの悪口や噂を言っているだけの奥ゆかしさなので)、当の「内幕でっち上げ」グループ連中は、すっかりつけ上がってしまって、何を言われようと全然平気。差別なんて、「さー、別に」てなもんで、どこ吹く風なのである。

「わたしら、番頭はんの門下生。どや、すごいと思わへん?」と自らあちこちで内幕を暴露し、自分がどんなに凄い門下にいるかを吹聴しまくる。さらに始末の悪いことに、彼らは番頭はんブランドを身に着けたとたん、以前と実力が変わるわけはないのに、突然実力がアップしたと錯覚してしまう。いい気になってそう思っているのではなく、本当にうまくなったのだと心底から思い込んでいるところが、悲劇であり、また恐ろしいところなのだ。それはほとんど盲目的な信仰心に近い。

そこまで行けば、人間本当に幸せである。「さすがに番頭はんの門下ともなると、そこいらのおけいこボンとちごて、達者なもんやなあ。」と本当に思われていると錯角しているのだ。

しかし彼らは思われているだけでは済まない。自らそれを示したがる。突然、以前所属していた旧門下のおさらい会や卒業演奏会に、何とこともあろうに、OB・OGとして出演までしてしまうのである。番頭はんのレッスンなど年に2〜3回あるかないかなのに、「一番弟子や」くらいの勢いで自らの偉大さをしこたま吹き込みまくっているので、旧門下としても、そのような実力者なら出演大歓迎となるわけだ。

その演奏を聴いた旧門下の人々は、皆、当然のことながら耳を疑うことになる。

「うううう、うまいわあ。」

口ごもりとも悶絶ともつかない「賛辞」(惨事)のカンタータを周囲から浴びまくって、「内幕でっち上げ」グループはますます増長する。おけいこヴァイオリン界の「上手」とか「うまい」という評価尺度の革命的な破壊を進めながら、彼らはヴァイオリンおけいこ道を堂々と安易に、ジンジンとまい進していくのだ。

ああ、じんましんが出そうやわ。

「番頭はんの帳場」−ローデ・24のカプリース(2) 

「なんや、なんや、その弓の動きは。

ゴルフで言うたら、ダフっとるわ。

それやったら、


いつもはずれっぱなしの、

ワンボー・ダフボー・天気予報。



も同然やで。


♪ぼくの名前は、ワンボー。

きみの名前は、ダフボー。

ふたりあわせて、ワンダフル。

きみとぼくとで、ワンダフル。♪



すっばらしい弓づかいじゃあ、あーりませんか。

お、なんや、なんや、その顔は?

むっとしてんのんか?

がまんせい、がまんせい。

これくらいの嫌味や皮肉に負けとったら。これからのこの世界では食っていけへんで。」

「番頭はんの帳場」−ローデ・24のカプリース(1) 

丁稚どんが、ローデ「24のカプリース」から第7番を弾く。

「おい。なんや、そのワンボウスタッカートは?


ワンボウ、すったかどうか


みたいな、ええ加減なことやってたんでは、いつまでたってもマスターでけへんで。

「番頭はんの帳場」−モーツァルトのロンド 

本日の丁稚どんの曲は、モーツアルト作曲・クライスラー編の「ロンド」。コンクールの課題曲だ。

「うん。ええとこまで仕上がってきたなあ。その調子や。ロンドはなあ、輪舞曲言う意味や。楽しく舞っていこうや。そう楽しく、楽しくな。


♪楽しいロンド

ゆかいなロンド

ロンド、 ロンド。



さあ、コンクール前や、


きばれ、ロンド

キャバレー、ロンドン。



昔テレビでやってたキャバレー「ロンドン」のCMのもじりや。

わかるかな。わかんねーだろうなー。」

「番頭はんの帳場」−原田幸一郎 

「肩に力が入ってんねん。もっと、脱力や、脱力。

フォームをもう1回、基本に戻ってさらい直さんとあきまへんなあ。

家でな。鏡の前に立って、ああでもない、こうでもない、とフォームをチェックしなさーい。

体をまず、こう動かそう。そして次にこう動かそうという風に、ひとつひとつやな。


自分でやな、原田幸一郎と、いろいろと試行錯誤することや。」


(≒体、こういじろう)

「番頭はんの帳場」−オーギュスタン・デュメイ 

最近、「十両丁稚どん」グループに入門の中学生。フォームがどうも不自然である。

「ほら、ほら、もっと自然に立ってみいや。そや、そや、それで弾いてみて。」

と言って、いきなり、ヴァイオリンを弾くその中学生の肩を押し下げる。

中学生、いきなり押されたので、ぎょっとして番頭はんを見る。


「オーギュスタン・デュメイ。」


(≒「おー、ぎょっとしたら、だめい。」)

*注)オーギュスタン・デュメイ→1949年、仏・パリ生まれ。10歳でパリ音楽院に学ぶ。ミルシテイン、グリュミオーに師事した。特にコンクール歴はないが、巨匠の下で学んで評価を高め、フランコ=ベルギー派の正統を継承。繊細でエレガントでありながら、同時に巨体を利したダイナミズムをも持ち合わせ、表現の懐の広さでは定評がある。マリア・ジョアン・ピリス(ピアノ)、ジャン・ワン(チェロ)と組むトリオの活動でも知られている。