「第62回全日本学生音楽コンクール」−モーツァルトについて(4) 

モーツァルトの演奏とコンクールの関係について、プロのヴァイオリニストの方から、次のようなご意見を頂いている。

「モーツァルトの演奏に関しては、ウィーンの流れを汲んだ正統派の(オーソドックスな)演奏を教える先生に私は師事してきました。

いわゆる様式感のしっかりしたオーソドックスな演奏がいかにむずかしいか、という事は1から叩き込まれました。

感情むきだしにした演奏、いわゆる日本風、演歌調での演奏でよいなら実は非常に簡単にできます。長い音の中ふくらみ、不適当な場所での過度のビブラートなど、何でもありだったらむしろ簡単です。極端な抑揚などは以ての外です。

たとえば同じパッセージのやさしい部分が出てきた時、ヴイニアフスキの曲であれば一度通して弾けば練習が済むところが、モーツァルトをオーソドックスに弾くためには何百回と練習しなければなりません。ましてや子供の場合は何千回・・・でしょう。

そうような苦労が今回はほとんど報われなかったように思います。

しかし正統派で弾くと、地味に聞こえます。極端な抑揚をつけた演奏よりも、はるかに一般の方には下手に聞こえてしまうでしょう。(オイストラフクラスになれば別ですが・・・)

審査員の方はその辺のところはわかっているものと思っていましたが、モーツァルトを課題曲にする意味がないと思わざるを得ないような結果であったのは、とても残念です。

それとも所詮こどものコンクールだから、そのあたりはあまり考慮されなかったのでしょうか。

勿論、音程を一回はずしたらマイナス何点、という機械的な審査方法も採用されているかもしれず、そういう点からは、完全に審査に問題があったとも言い切れないとは思いますが。

課題曲に選ばれたということで、若い時期にモーツァルトの良い弾き方を学ぶ大きなチャンスだったのに、と思います。モーツァルトからさらにベートーヴェンを学ぶ足掛かりになる絶好の機会でした。」

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