元首相、ヴァイオリン協奏曲に関する知識を遺憾なく披露 

「特集ワイド:小泉純一郎元首相、音楽を語る」(毎日jp)

<<そうね。サンサーンスの3番バイオリン協奏曲が有名なんだけどさ、その1番、2番がいいんだ。発見したんだよ>>

さすがである。

1番はサン=サーンス23歳の頃の12分程の短い協奏曲だが、美しい旋律、爽やかで伸びやかな感趣に満ちた、魅力的な作品である。


サン=サーンス:協奏曲1番、3番、ハバネラ、ロンカプ / チョン・キョンファ
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元首相に関する過去の関連記事


「クラシック・ヨコハマ」−「純情クラシックコンサート」の概要 

11月27日・28日、横浜・クイーンズスクエア クイーンズサークルにて

「招き neko」プロジェクト(54)−F.P.ツィンマーマンのブレスは「鯨の息」 

<<「自然に」は演奏家にとって究極の目標でしょう。ただし、それはあくまで音楽に沿っての話です。

演奏家がステージで弾くクラシック音楽は自然に生まれたものではなく、作曲家がそれぞれの才能の限りを尽くして人工的に作り上げたものなのですから。これをいかに自分のものとして自然に弾くことができるか、で皆悩むわけですし、そこに「共感」という言葉が入ってくるのです。

演奏家は自分の体を通して音楽を聴衆に伝えるわけで、机の上で楽譜をいじっているだけではすみません。しかし、和声・リズム・フレージングをいくら教えても、あるいは自分で頭ではわかっているつもりでいても身体がそう動いてくれない、ということはないでしょうか。

たとえば楽節のなかで休符が出てくるとその度につい無意識的に休んでしまう、ロングトーンで歌っていくフレーズで、弓を返すたびに音が切れる、それを何とかしようとして一音一音中ぶくらみの音を出して歌った、と勘違いしている等等。

そうした場合、頭と身体あるいは心を結びつける対処法のひとつが呼吸なのです。

作曲家が書いた音楽の時間を共に呼吸することによって共有する、確かに今まで呼吸のことなど考えたことのない人間にとっては「特別な訓練」なのかもしれませんが、専門家としての勉強をするのであれば避けては通れない、あるいは当然の訓練だと捉えています。

専門家の間で常に評価の高いF.P.ツィンマーマン(彼に比べればヴァンゲーロフは児戯にも等しい、と評されています)の演奏を間近で見る機会がありましたが、シューマン、ブラームス、ベートーヴェンなど非常に長い呼気をとっており、間のブレスはまさに鯨の息のような音がしていました。

勿論、前回書いたとおり息が続かない人間に何が何でもフレーズを守れ、と強要することは不可能です。特に子供はまだ身体が出来上がっていませんから、「本来切るべきではないが、他に適当な場所が見つからないから次善の策としてここでブレスをとろう」と指導します。

また、弾きながら十分な腹式呼吸をする感覚を掴むまでにはそれなりの時間を要します。せっかく取得したテクニック、ボウイングが乱れることもあるでしょう。

その時に指導者も保護者も「そういうものだ」と心得てゆったり構えてあげてください。一番狼狽し混乱しているのは子供です。

次のステップに進む為に必要なことで、慣れれば必ず前よりずっとよくなる、と励ましながら習慣となるまで根気よく続けることが大切です。>>

(「自然に」ということ 2002/10/25 0:47)

「招き neko」プロジェクト(53)−毎コンなどでも「息苦しく感じる演奏」が多いのは・・・ 

生きるためには呼吸をしなければならない。

が、曲の中で生きるヴァイオリン奏者は、生体のメカニズムとは別に、曲のために呼吸をしなければならない。

呼吸の場所を、曲想に合わせて配置しなければならない。

「妻への愛」に続き、全投稿の中でもとりわけ貴重な2編。

<<4小節・4小節・8小節のルールは例外も多々ありますがフレージングの公式とも呼べる大原則です。これを頭ではわかっているようでいて実行できない為に曲が細切れになってしまうのです。これをいつ教えるか。

子供に教える場合、考慮しなければならないのは身体的な条件が整ったかどうか、平たく言えば息が取れるかどうかです。小さい子の場合、極端に言えば一弓ごとに吸う・吐く、を繰り返しています。

そこで弓の返しで音が切れないように集中させることを教えると、今度は息を止めてしまいます。息継ぎを教えても、殆どは息を吸ったまま吐くことをせず、死にそうになりながらとりあえず息の続く限りは弾く、適当なところであわてて吸う、しかし肺に残った空気を吐いていないから浅くしか吸えない、フレーズがどんどん細切れになる、このために毎コンなどでも息苦しく感じる演奏が多いのです。

ソルフェージュを習っていれば、実際に歌わせますから吸う・吐く、のコツは飲み込めそうに思うでしょうが、いざ弾きながら音楽にあわせて瞬間的に吸う・長い息を吐いていくのは相当の訓練を要します。コンクールばかり追いかけるのではなく、腰を据えて取り組む必要がある、というのはここのところです。

まず、「生きるためにする呼吸」と「音楽の為の呼吸」ははっきり区別させます。

音楽が始まったら終わるまで、呼吸は徹頭徹尾曲の為にしなければなりません。曲の始まりでとりあえず目一杯息を取るのは小学生のやることです。pで始まるのか、fで始まるのかで息の取り方も違います。また、モーツアルトのようなフレージングの終わりが始まりでもあるような場合は、忠実に息をとっていたのでは酸欠で死んでしまいますから途中のどこでブレスを取るか考えなくてはなりません。

ですから、曲を手にしたら形式、曲想記号などを考えながら速い息、遅い息、深い息、浅い息の配置を検討する必要があります。「どうもこの曲は合わない」という場合は、曲にあったブレスが取れていないことが多いのです。

また、短く吸い長々と吐き出すには肩を上げる胸式呼吸では不十分です。トレーニングのひとつにうつぶせに寝て顔を横に向け、3秒以内で吸い、20秒くらいで吐き出す方法があります。吸ったときに瞬時におなかの部分が床を押す感覚が感じ取られるかどうか。これは腹筋の強化にも繋がります。

長い息を吐きながらの演奏は脱力にもつながります。「音楽の為の呼吸」ができるようになると、それまでいくらやかましく言っても抜けなかった力が抜け、明らかに音が変わってきます。勿論、そこに至るまでには腕の筋肉、腹筋・背筋のトレーニングをエチュードと平行して行なっておくことが必要ですが。

演奏がただ頭で考えているだけでは駄目で全身を使う行為であることを再認識させられます。>>

(フレージングとブレス 2002/10/18 1:00)

「さわやか世代」、コンサートもぞくぞくと(23) 

○「シャネル ピグマリオン・デイズ・スペシャルコンサート・シリーズ2008」

9月27日(土)16:00〜マスタークラスとリサイタル

「さわやか世代」、コンサートもぞくぞくと(22) 

「NAGANO国際音楽祭2008」前夜祭コンサート

ところで、クロアチア・ザグレブでのコンサートとドゥブロブニクでのサマー・アカデミーの詳細は、中澤先生のブログに


「河口湖美術館 アフタヌーンコンサート」


こちらはすでに終了しているが、
「九電親子ふれいあいコンサート」−「第61回学生音コン」入賞者が九響と共演

コンクール・フラッシュ 

最近行われた、各地のコンクールを伝える記事より。

「第20回子供のためのヴァイオリンコンクール」

出場は136名。昨年は153名、一昨年は163名であった。

「子供のためのヴァイオリンコンクール」過去の関連記事


「第43回新潟県音楽コンクール」

以下のブログが詳しくレポートしている。

コンチェルト2号感動の毎日

コンサート日記


「第14回熊楠の里音楽コンクール」

本選の結果

田丸一男のCelloに夢中で詳しく紹介されている。


音大に青田買い 

プロオケ【ぷろおけ】

プロのオーケストラの略。

「フロオケ」ではない。が、まれに穴が開き、上手の手から水が漏れることもあると聞く。

「プレオケ」ではない。が、「プレカリアート」の悲哀漂うオケもあるらしい。

団塊世代の引退と共に、オケにも世代交代の波が押し寄せている。

中には「技術のある若手を求め、音大に青田買いに行く」オケもある。

ちなみに風が吹けばオケが儲かるかどうかはよくわからないが、財政赤字の木枯らしが吹けばオケは確実に儲からない。